久田淳著「少年囚と美術教師」


■■■「少年囚と美術教師」をめぐって
1.人間性の復活をめざす絵画 桑原 実
東京芸術大学教授(美術教育)

彼を刑務所へ追い込んだのは誰か
 この劇の原作である、久田淳著、「少年囚と美術教師」(牧書店刊)が出版された時、私は涙を落しながらこれを読んだ。とりわけ、100ページに及ぶ少年たちの手記、「何が彼らを追いつめたか」の部分は、涙を流しとおしで読んだ。そして深く考えさせられた。
 N・A君が小学校三年の時、クラスで鉛筆がなくなった。調べたら何も知らないN・A君の筆箱から出てきた。誰かのいたずらであろう。先生は「お前が盗ったのだ。」と決めつけた。彼がいくら無実を訴えても、先生は聞き入れなかった。泣いて母に訴えた。母は学校へ飛んだ。しかし、先生と話し終えて出てきた母は、「なんで人様の物を盗ったの?」と彼を責め立てた。彼は父の帰りを待って、父に訴えた。父こそはと期待した。ところが母の話しを聞き終えて父は、彼を殴り、手に灸まですえた。
 一ヶ月も経たないうちに、クラスでボールがなくなった。先生はN・A君を職員室に連れて行き、おおぜいの先生の前で、「君が盗ったんだろう。出しなさい。」とここでも決めつけた。そして殴りつけた。その時から左耳が聞こえなくなった。学友は白眼視した。
 四年生の時、五〜六人分の給食費がなくなった。先生は学友の前でN・A君を責めた。彼は泣いた。昼休み、裏山へ登って泣いた。その時彼に声をかけた者がいた。隣りのクラスの問題児B君であった。「金があるんだ。映画見に行こう。」彼は従った。彼は真の友を得た喜びに浸りながら映画を見ていた。しばらくして、「君達どこの学校?名前は?先生は?」と問いかけた人がいる。警察官であった。給食費の一件はB君のしわざであった。
 こうしてN・A君は少年刑務所へのスタートを切った。
 善良な一人の少年をぐれさせたのは誰か。この教師とて、少年に悪意を抱いてしたことではなかったろう。が、結果から見ると、第一の犯人はこの教師であり、第二の犯人は、少年の心にふれようとせず、単純に教師に追従した両親である。ひとごとではない。ひょっとすると私達も、この教師や両親のようなはたらきをしているのかもしれないのである。

彼らの心をわかってやること
 ひと度悪の道に足を踏み入れた者を、更生させることは至難な業である。倫理の注入や道徳心の強要は彼らの反感をあおる。心を豊かにする以外に方策はない。豊かな心をつくるための最大の条件は、彼らとの心のふれ合いをはかり、彼らの心をよくわかってやることである。そのために指導者は、常に一歩高い考えをもちながら、それであって彼らと同等な立場で語り、考える姿勢が必要となる。

人間性の復活をめざす絵画
 絵を描くといういとなみは、深い洞察力がその前提であり、それだけに作品に心の動きが表われる。したがって絵画による教育は、人間性の復活に大きな役割りを果たす。ここの少年囚が卒業間ぎわに、「独房のそばに咲く小さな草花に、美しさがわかるような気がしてきた。」「絵はぼくを慰めてくれる。」ともらしたという。この心は再び刑務所へつながれることのない、真人間へのスタートであったに違いない。

劇団フジ第30回特別公演 (昭和50年)
『「少年囚と美術教師」より  若き檻の中の野獣』
公演パンフレットから引用